檜原村にある「日本の滝百選」に選ばれた払沢の滝は、四季を問わず観光客が足を運ぶ景勝地。檜原村に訪れた人のほとんどは一度は行く場所といっても過言ではないほど、荘厳で見ごたえのある滝に魅了される人も多い。その滝に行く道の入口にあるお店は、いつも行列ができている。老若男女、観光客から地元の人まで皆に愛される、手作り檜原とうふの「ちとせ屋」だ。そこで販売している「うの花ドーナツ」は人気で、滝に訪れた人はたいてい食べたことがあるのではないだろうか。もちもちとした揚げたてのドーナツや出来立ての豆乳は、いつ食べてもおいしい。そして檜原村の、豊かな自然が育んだ水で作った豆腐は絶品で、私もファンの一人。毎日早朝からその豆腐を作るのは「ちとせ屋」の店主、高木健一さんである。
ちとせ屋というお店
豆腐屋さんの朝は一日の中で最も忙しい時間。その日は8時半過ぎに伺ったが、豆腐や厚揚げ、油揚げなどはもうすべて出来上がっていた。お店いっぱいに良い香りが立ち込めている。忙しい時間にもかかわらず、笑顔で迎えてくれた。
土井(以下、土)「この豆腐屋のちとせ屋さんは、健一さんが始めたお店なんですか?」
健一(以下、健)「いえ、もともと学校を卒業して5年くらいは檜原郵便局の窓口に勤めていたんですよ。それが私達兄弟がみな社会人になった頃、会社員だった親父が豆腐屋を始めて。その豆腐屋が忙しくなって手伝ってほしいということで、仕事を辞めて親父と一緒に店をやったんです。」
土「ちとせ屋というお店の名前はお父さんがつけられたんですか?」
健「いえ、それも実は祖父が、今の店の場所でお弁当や飲み物を販売する店を作ったんですよね。それが最初のちとせ屋で、祖父がお店を閉めてから10年以上経ってから、おふくろが食堂を始めて、今度は親父が豆腐屋を始めたんですよね。」
土「人によってはいろんなちとせ屋さんの思い出があるんですね!」
健一さんのお父さんは当時、檜原に豆腐屋を作りたいと奮起し、福生の豆腐屋さんに豆腐作りを教えてほしいと飛び込んだ。その店主はご高齢で豆腐屋を辞めようと思っていた矢先だったが、村に通い、健一さんのお父さんに豆腐づくりを一から教えてくれたのだという。奇しくもその店主は檜原村の出身だったのだ。そのご縁のお陰で檜原村に豆腐屋を作ることができた。当時は外国産の大豆で豆腐を大量生産するのが主流だったが、健一さんのお父さんは、本当においしい豆腐作りがしたいと国産大豆にこだわった。その豆腐はたちまち人気になり、人手が足りなくなり、健一さんが手伝うことになったのだ。
土「仕事をやめて、豆腐屋さんをやると決めた時はどんな思いでしたか?」
健「もともと人とコミュニケーションを取る仕事は好きでしたし、お店をやることは興味がありましたね。あとは、おいしいものを作るという、何かそういうものづくりみたいなことを自分もやってみたいという気持ちがありました。」
そして健一さんがお店に入ったことで生まれたのが、お店で人気の「うの花ドーナツ」。今でこそ各地におからのドーナツはあるものの、今から二十数年前は東京にはまだ無かったという。
食べ飽きないおいしい豆腐づくり
新しいチャレンジをしながらも、健一さんはやはり、豆腐づくりに一番研究時間を費やした。おいしい豆腐作りには様々な要素があるが、大事なのは素材、そして水だという。
土「ちとせ屋さんの豆腐はほんのり甘くてちゃんと豆の味がするのに、まろやかなんですよね。そのおいしさの秘訣って何なんでしょうか。」
健「豆腐づくりは本当に奥が深いんです。濃厚だからおいしいというわけでもなくて。素材がいかにおいしい水を含んでいるかどうかが重要なんです。」
土「水ですか!たしかに檜原村の水はおいしいですからね。」
健「一度食べたらおしまいみたいな豆腐ではなく、毎日でも食べ飽きないおいしい豆腐というのを作り続けたいと思っています。」
親から子へ受け継がれるもの
日々、ひとつひとつ丁寧な豆腐づくりをしている健一さんは、仕事以外の、趣味にもその丁寧さが表れているようだ。
土「休日に、家族の為にラーメンを作ったりすると聞きました。麺も作っているとか?」
健「そうですね、趣味でスープ、チャーシュー、麺まで作って楽しんでます。親父が会社員の頃、休日に母親の食堂でラーメン作っていたのを見てたから、それをなんとなく思い出して作ってます。」
土「それはすごい!それと夏、息子さんと釣りもしてましたよね。釣りは昔からやっているんですか?」
健「そうですね、釣りもやりますね。子どもの頃は、親父に釣りに連れて行ってもらっていましたね。怒られながらやってました(笑)。」
土「お父さんから受け継いで、今度は健一さんが息子さんに教えているんですね。」
村全体が活気づくように
また最近はフィルムカメラにもハマっているそうで、デジタルにはない色味や風合いが魅力だという。撮らない時でもカメラいじりをしている時間が楽しいと健一さん。
そんなカメラ好きな健一さんも、そうでない人も、撮らずにはいられないという美しい風景がある。それは檜原村の寒い冬に見られる、払沢の滝の氷瀑だ。4段からなる払沢の滝の、最下段部分の落差23.3mの滝が白く凍るその景色を、一目見ようと冬も人が訪れる。昔、冬季間は観光客が来ない時代があったが、当時、冬の美しい払沢の滝を知ってもらいたいと、滝周辺の商店を中心に始まったのが「払沢の滝冬まつり」。毎年、滝がいつ最大結氷するかをクイズとして答えてハガキで応募してもらう「払沢の滝氷瀑クイズ」は、檜原村の冬の風物詩となっている。その運営は、村をみんなで盛り上げていこうと集まった、払沢の滝冬まつり実行委員が毎年行っている。健一さんはその実行委員長も務めているのだ。
「夏のシーズンだけでなく、年中通して観光客が訪れるようになれば、お店を出したりと、新しいことに挑戦できる人も増えると思うんですよね。そうなれば村にも若い人が住むことができるし、村全体が活気づくと思うんです。」と話す健一さん。村思いのあたたかい豆腐屋さんが作るおいしい豆腐。寒い冬に湯豆腐でほっこりしませんか。
●檜原とうふ ちとせ屋 公式 Instagram
●檜原とうふ ちとせ屋(檜原村観光協会ホームページ内)
→ https://hinohara-kankou.jp/spot/chitoseya/
●払沢の滝 冬まつり 公式サイト(檜原村観光協会ホームページ内)
→ https://hinohara-kankou.jp/fuyumatsuri/
ライター:檜原村地域おこし協力隊・土井智子 2019年に千葉より檜原村に夫婦で移住し、地域おこし協力隊として村内で活動している。 自然豊かな檜原村で古民家暮らしを満喫し、日々の暮らしを発信中。 https://www.instagram.com/tocoxxhinohara/